まれにいいこと

小さないいこと探しながら、今日もなんとか暮らしています。

魂を親に管理させるな ~愛国心の行方

私:「あぁぁ~、早く日本に帰りたいね!日本、最高だよねぇ。」

子:「うん、早く帰りたい!飛行機乗るの楽しみ!」

という会話が繰り返される、今日この頃。

 

子供たちとの会話を振り返って、反省することがある。

それは、「私、子どもに日本愛を押し付けてる?」ということ。

 

だいたい、「帰る」という言葉がふさわしくない。私たちの生活拠点は、カナダだ。

「日本が最高」というのも私の価値観。しかも、かなり抽象的。何をもって最高と言えるのか、子供たちも聞いてこない。

きっと私が言いすぎて、子供たちの脳内には、「日本=最高」という公式が出来上がっているのだ。

私もそれを反省する瞬間があるのだが、それでも日本を絶賛する言葉が止まらない。子供たちも、常に賛同してくれるけれど、幼い頃から聞き続けてきた私の言葉に、洗脳されているだけかもしれない。

先日、親戚の家にお邪魔していた時のこと。子供たちの叔母が、「日本の何がそんなに好きなの?」と聞いてきた。すると、長男、「全部が好き!日本は全部が最高なの!」と返答。ちょっと、これはまずいなと思ったのだ。

 

 

とにもかくにも、私は完全に日本に帰属し、愛国心は日本にある。

スポーツでも何でも、カナダと日本が対戦するような場面では、迷うことなく日本を応援する。

MLBMajor League Baseball)でトロント・ブルージェイズと、日本人在籍チームが対戦することがあれば、日本人在籍チームを応援する。 

オリンピックなどの国際大会でも、日本チームの動向に興味はあっても、カナダチームの動向を追うことはない。

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「他のカナダにいる日本人は?」というと、とても臨機応変

カナダと日本、両国に思い入れのある人が多い。よって、うかつに「日本、日本」と言わないように気を付けている。

 

「うちの子どもたちは?」というと、年齢が幼いうちの特権か?、母親(私)の影響力が強いので、今のところ日本びいき。カナダと日本が対戦することがあれば、日本を応援するし、ブルージェイズより、大谷翔平選手のいるエンゼルスだ。

でも、日本と関わりのない場面においては、迷わずカナダを応援する。

オリンピックなどの国際大会でも、日本とカナダ、両国の動向を注視している。

その姿を見るにつけ、息子たちの愛国心は、現時点では若干日本よりなものの、しっかり2か国にあるらしいと思う。

 

母親(私)の影響力が薄れ、父親や友人の影響が濃くなる年齢になれば、もしくは、何事も自分で判断できる年齢になれば、どうなるんだろう?

場面によって臨機応変にどちらかを選ぶのか、もしくは完全にどちらかに傾斜するのか、未知数だ。

 

私は子供たちに日本語を教えているが、彼らの生活拠点はカナダにあり、これからもそれは変わらないであろう。

働き方や家族の在り方を見るにつけ、何なら将来はカナダの方が過ごしやすいだろうとも思う。

 

だったら、私が子供たちに日本語を必死で教える意味って何なんだろう?

同じ在カナダ日本人でも、カナダの公用語である英語やフランス語で生活し、子どもに日本語を一切教えていない人もいる。

知り合いで、日本語を教えることは、「親から子へのプレゼント」という人もいる。たしかに、私が日本人でなければ、子どもたちは日本国籍を取得することもなく、日本語を学ぶ機会も、日本に長期滞在することもなかっただろう。でも、これも子ども自身の選択権がないようで、少し気がひける。

 

「私のルーツが日本人だから、その言語や文化を子どもに残したい」という気持ち、そんな自己満足的な考え方はやめようと考える瞬間が、多々ある。それでも、思ってしまうのだ。

日本語を習得してほしい。

日本文化を受け継いでほしい。

できればこれからも、日本びいきであってほしい。

日本に滞在する機会も頻繁にあってほしい。

現在2か国籍を有する息子たち、22歳が期限の国籍を選ぶタイミングがきたら、できれば日本国籍を維持してほしい。

できれば結婚相手も日本人であってほしい。

孫にも日本語を教えたい。

……そう、私の愛国心って、とことん自己中心的なのだ。

 

 

愛国心 名言」でググってみたら、愛国心って良いイメージがほとんどない。

戦争への原動力と表現されていたり、国家への盲目的な忠誠の象徴のように表現されていたり。

結局は、自分が生まれた場所が、最も素晴らしい場所であると盲目的に信じ込むことが愛国心なのか?なんだか余計、悲しくなってしまった。

子どもの体調が悪くて、症状を入れてググってみたら、検索結果に最悪の病名が列挙され、余計に落ち込んでしまう、そんな感じ。

 

そんな愛国心にまつわる数々のネガティブ名言の中から、自分への戒めとして選んだ名言3選。 

「私は祖国を愛している。だが、祖国を愛せと言われたら、私は遠慮なく、祖国から出てゆく。」

チャールズ・チャップリン 

もちろん、この言葉の背景には、他の歴史的な意味合いも大いにあるわけだけど、子供たちの愛国心は、子供たち自身で築くべきものだ。

その土台を作る一助が、親の私たちにあるというだけ。

これからは、「日本=最高」のような、抽象的なものではなく、私の具体的な日本愛、具体的な日本の良さを伝えていこう。押し付ける形ではなく。

 

愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理させるな。」

ジミ・ヘンドリックス 

愛すべきは、自分の国のみであってはならず、世界全体が幸せになるべき。グローバルな時代に生まれてきた子供たち、愛国心グローバル化が必要だ。

自らの戒めのために、最後の一文を変換して、心に刻んでおこう。

 愛国心を持つなら、地球に持て。魂を親に管理させるな。」

 

 「最高の愛国心とは、あなたの国が不名誉で、悪辣で、馬鹿みたいなことをしている時に、それを言ってやることだ。」

ジュリアン・バーンズ 

愛国心、マイナスばかりではないと思う。いざというときの団結力、先人が培ってきた文化を守っていこうとする取り組み、よりよい環境を作っていこうとする心意気…愛国心がなければ守れない、素晴らしい未来は、多々ある。

ただ、盲目的に愛国心を振りかざすのではなく、愛国心が善悪を見極め、よりよい社会を作るための手段になるのだということを忘れてはならないし、子供たちにも伝えていきたい。

 

習い事と同様に、子どもの能力や特技、将来何かの一助になる可能性のあるもののひとつとして、日本語を習得させる。こう考えるのが、現時点では一番受け入れやすいのかもしれない。

そして、子どもの興味・関心を見極めた上で、日本語教育のゴールをどこに設定するのか、それはこれからの課題。

何事もそうだけれど、親の思いを子どもに押し付けるのは良くないと、改めて考えさせられた、私の愛国心問題。