まれにいいこと

小さないいこと探しながら、今日もなんとか暮らしています。

ポジ転したい!子どもの憂鬱

先週、やっと桜が咲き、20度近くまで気温が上がる日もちらほら。

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と思えば、冬に逆戻り的な寒さで、また冬のジャケットを引っ張り出してみたり……

天気に振り回されて、何をする気にもなれず、ブログのネタもさっぱり思いつかず。→あ、コレ、いつもか(*ノωノ)

 

 

そんな折、きらっとライフ (id:kiratto-life)さんの投稿が、とても参考になり、いろいろと考える機会をいただきました。 

kiratto-life.hateblo.jp

 

私、子どもの「勉強イヤ」発言に対し、いつもその場しのぎの対応をしてしまっていたことを改めて反省しました。

そもそもカナダの学校からは宿題が出ないので、家でやっている勉強というのは、私が教える日本語の勉強のみです。

「いいからやりなさい」、「今勉強しないと後悔するよ」、「日本に行った時、学校に入れなくなるよ?」、「日本の子はもっと勉強してるよ」......

なんなら、「イヤって言うんじゃない」と、発言自体却下。

(書き出してみると、なんて母親。反省です...)

こんな言葉では、勉強が嫌な気持ちは置き去りだし、なぜ勉強が必要なのか、まるで理解できないまま。きっと子どもは、時間の無駄としか感じないことでしょう。

これって、本当に残念なこと。

きらっとライフさんのように、子どもの勉強する意義を長期的にとらえて、応援していこうとする姿勢が素敵だなと思いました!

 

 

思い返せば、教員時代、生徒の「勉強イヤー」に、毎日付き合わなければならなかった私。

特に試験前は、「勉強イヤ」、「テスト無理」の大合唱。

とはいうものの、「学校=勉強するところ」なので、基本、そこに議論の余地はなく、やってもらうしかないのですが、気持ちはわかるし、できれば前向きな気持ちで取り組んでいただきたい。

自分の昔話や時事ネタ、芸能ニュースなんかを盛り込んで、その場その場で生徒たちを盛り上げていたわけですが、

ある時、ある生徒が、「英語、わっかんね~!!!」と発言したのをきっかけに、「英語、やりたくね~」「英語、ムリ!」の大合唱がはじまりました(ちなみに私は英語教員ではありません)。

その時は、なぜか私の上にこんな話が降りてきて…

私 「世界で一番使われてる言語って何?」

生徒「英語!」

私 「じゃあ、なんで英語が世界で一番使われるようになったと思う?」

生徒「・・・」

私 「思うんだけど、英語が、世界で一番簡単な言語だからじゃない?日本語なんて、世界でも難しい言語のひとつなんだよ?それを使いこなしてるんだから、あなたたちスゴイわ。英語なんて超簡単だと思って勉強してみな!」

(思い返しても恥ずかしい、超適当発言。テスト前だったので、もう、とにかくやってもらわないと!という心境でした...

 

しかし、そこで、一人の生徒がこう言ったのです。

「マジか。そう考えたら、なんかできる気がしてきた!!」

(......え?あ、ありがとう~~~!!)

こういうポジティブな空気って、伝染するのです。

クラス全体が、なんとなくポジティブな雰囲気になって、その日はお開きとなりました。

しかし、これも短期間限定のやる気。

実際、あとで、「先生、やっぱ英語、めっちゃ難しいわ!」と言われました(笑)

 

 

長男(10歳)は、カナダの公立学校に通っています。

クラスで、「勉強が嫌だという発言をした子がいた場合、先生はどう対応しているのか」聞いてみると......

まさかの、「そんな発言をする子はいない」との回答。

(そうは言うものの、我が息子、家では「勉強イヤ!」と叫びます。)

長男のクラスでは、「ネガティブは、蔓延する」という考えから、ネガティブな言葉は言い方を変えるように指導されています。

 

例えば、

✖ 「野菜嫌い」 

〇 「ピーマンが苦手なんだけど、サラダはモリモリ食べられるよ」

 

✖ 「算数嫌い」

〇 「掛け算が最近出来るようになったから、今度は割り算を頑張らないとな」

 

✖ 「A君が嫌い」

〇 「A君は、年下の面倒をよく見る優しいところがあるから、怒りっぽいところを直したら、もっとかっこいいよ」

 

✖ 「これ、やりたくない」

〇 「ここまでは自分でできるんだけど、ここが難しくて一人ではできそうもないから、手伝ってほしい」

 

こうやって見ていくと分かるのは、「嫌い」「苦手」などの言葉でひとくくりにせず、何がどう嫌いなのか、どう苦手なのか、問題点を明らかにすることによって、それ以外の部分をポジティブにとらえていることです。

問題点が浮き上がることに加え、直球ネガティブな言い方は回避できるので、周囲にも発言の意図が伝わりやすいし、誰も嫌な気持ちにならない。

こういう取り組みを約半年続けてきて、すっかり習慣化されたようです。

子どもの柔軟性って本当にすごいですね!

これ、さっそく家でも真似しようと思いました。

 

たしかに先の私の教員時代の話をめぐっても、

ある一生徒のネガティブ発言:「英語、わっかんね~」から、皆が文句を言い始め、

ある一生徒のポジティブ発言:「なんかできる気がしてきた」から、なんとなく皆がその気になるという状況が生まれました。

 

ポジティブ発言も、ネガティブ発言も、一瞬で場を変えます。

だったら、ポジティブを心がけたい。ということで、ポジティブ発言と言えば、過去にこんな投稿もしていました。↓

yotoro.hatenablog.com

 

話がいろいろな方向に飛んでしまいましたが......

大人になってから、「勉強って、やっぱり意味がなかった」って思うこと、少なくないですか?

「もっとちゃんと勉強しておけばよかった」の方が多い気がします。

大人になってから学びたいことも、たくさん出てきます。

大人になると、勉強が楽しいと心から思えるし、子どもにも勉強してほしいと思えるのだから、不思議です。

子ども時代は、テストや受験等のしがらみもあり、どうしても「楽しんで学ぶ」や「学びたいことを学ぶ」ができないことが多いけれど、勉強する意義はあるんだということが、大人の私には分かるのだから、子どもだって、少しでもそれを分かって取り組んだ方が、幸せに決まっています。

子どもの憂鬱を、ただ「やらなきゃダメ」と、大人の理屈でねじ伏せるのではなく、私の中にある勉強に対するポジティブな意味付けを、子どもの中にも広げていけたらいいなと思っています。